不労所得生活のためには仮想通貨のような投機を行うべきか堅実な投資をし続けるべきか
不労所得生活を送るためには僕の場合株式や投資信託を購入することで投資をしてそこから配当金なり分配金でお金を得ることを考えてます。人によってはそれがビットコインに代表される仮想通貨であったりするかもしれません。しかし、仮想通貨はその値動きからして投機と言わざるを得ません。
僕の目指す幸福な不労所得生活には相容れない金融商品であって、ジェットコースターのように頻繁に乱降下する値動きはリスクと常に隣り合わせです。
しかし、人生は有限なため時に大きなリスクを取ってでも大きな利益を目指すため投機に走る考えもあるでしょう。
今回はこのことについてお伝えしていきます。
仮想通貨を投機と断ずるゆえん
仮想通貨の値動きはすさまじいものがあります。下のチャートをご覧ください。
出典:
ビットコイン/Bitcoin (BTC) 相場、チャート、情報 | CoinGecko
3年前の2014年には、大体1ビットコイン当り、1000ドルまで届かないくらいの金額でした。それが、2017年今年に入って急激に伸びて2017年9月現在で3650ドル/1ビットコインという、ものすごい金額になっています。
もし仮に2014年当りに980ドル/1ビットコインを100コイン分購入できたとします。当時のドル円相場は、1ドル101円程度でした。
よって、101×980×100=9,898,000円で購入することになったはずです。(各種手数料は考慮しない)
そしてもし今年の8月の最高値4500ドル/1ビットコインの時に売却できたとすると、現在のドル円相場で1ドル110円として、100×4500×100=49,500,000円で売却できたのであり、為替差益も好調に出たこともあり、なんと差し引き39,602,000円の利益が出たことになります。
この場面にのみ着目して収益率を計算すると式は、
年平均収益率=(4500-980)^(1/3)-1=66.2%
となります。
これは異常な収益率であり、生きる伝説の投資家であるウォーレン・バフェット氏が莫大な資産を築いたかの有名なコカ・コーラ社の株式でも年平均収益率は21~22%であったといいます。
これが何を意味するのかといえば、つまり仮想通貨はバブルということです。
日本の高度経済成長期におけるバブル経済と同じように近い将来に崩壊することが懸念されます。絶対に崩壊すると断言することはできようはずもありませんが、僕は高い確率で何れこの仮想通貨バブルは崩壊するのだろうなと思いながら市場を静観しています。
投機の甘い誘惑は麻薬。投資の堅実さは単調で退屈
僕の結論は投機の誘惑には惑わされないということです。確かに人生は有限で限られた期間で所定の金額を達成しなければ不労所得生活の実現は難しいでしょう。
人はいつでも楽をしたいものです。きついより楽を。長時間より短時間を。苦痛より快楽を求めます。実際に仮想通貨で甘い果実を手に入れた人も確実にいるでしょう。
でもその誘惑は麻薬のようなものだと自分を戒めるようにしています。これは仮想通貨に限りません。世の中にはおいしい話やうまい儲け話が蔓延しています。
これは株式や投資信託、海外株やETFの高利回りとは、訳が違います。
高いリスクと呼ぶにはあまりにも高すぎて、ただのギャンブルのようにしか見えません。ただ、だからこそ魅力的に見えてしまうのです。日本国内でも公営ギャンブルの競馬や競艇や競輪は人気があると思いませんか?これは人の射幸心を煽るから人気があるのです。
僕は以上の考えから仮想通貨は射幸性のあるタイプの金融商品で投機と判断しています。
一方株式に代表される投資でもリスクがないかといえば、そんなことはなく当然リスクもあります。しかし、アセットアロケーションが有効な範囲でのリスクであり、だからこそ投機でなく投資といえます。
もし仮想通貨をポートフォリオに組み込んだらどうなるでしょうか?そのバブル的な莫大な損失を他の株式や国債等の利益で相殺できるのでしょうか。仮想通貨の比率にもよるでしょうが、大打撃を受けることは想像に難しくありません。
仮想通貨のような投機と比較すると安定した低利回りの投資はお金はなかなか増えず、退屈と感じる人も多いかもしれません。目標到達までの時間と取れるリスクの兼ね合いになりますが、仮想通貨に資金を投入するつもりの方は、一旦落ち着いてから望まれてください。
目標は投資を続けて幸せなゆるい不労所得生活
僕の場合、将来不労所得生活を送ることが目標ですが、幸せでないと意味がありません。投機にはストレスが常につきまといます。だから僕は投資を続ける考えです。
でも一概に不労所得生活=幸せとは限らないと考えています。これはどういうことかというと、不労所得を得るために、毎日頭を悩ませる事案が多くあったり、気が休まらないのはいやだということです。
僕の中の不労所得生活はゆるい生活の中にこそあります。僕が求める不労所得生活の条件とは以下になりますが、完全な不労所得生活でなくここでは最低限度の労働を含んでいます。
- 時間的拘束が出来得る限り、少ない事。
- ストレスは無い事。
- 人に優しくなれる心の余裕が常にある事。
- ボランティア等の社会貢献は良いが、仕事はできるだけしたくない。
- 有り余る時間を無駄に使う贅沢を心いくまで堪能できる事。
あなたの求める不労所得生活はどのようなものですか?
一度書き出してみるとわくわくして楽しいものです。
おためしあれ。